最高裁判所第一小法廷 昭和41年(オ)82号 判決 1970年7月09日
上告人
岸印舗株式会社
右代表者岸憲宏職務代行者
泉敬
代理人
野口一
被上告人
岸初五郎
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人野口一の上告理由について。
原判決の引用する第一審判決の確定した事実によれば、岸コトは上告会社の代表取締役の職務を行いうる地位になかつたこと、所論上告会社の臨時株主総会について、株主である被上告人および岸勇に対しては、なんら株主総会招集の手続のなかつたこと、株主である日向寺忠二に対しては電話で、山田隆、大島三郎に対しては口頭で役員変更について意見を徴したのに止まり、右株主総会について会合の日時場所を特定してこれを通知したものではないこと、各株主が参集して右株主総会が開催されたものではなく、臨時株主総会議事録は虚偽の事実を記載したものであること、したがつて右株主総会の決議は全く存在しなかつたこと、右株主総会の決議がなされたものとして昭和三八年一一月二〇日その旨の変更登記がなされたことが認められるというのであり、右事実は、当事者間に争なき事実と原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ)挙示の証拠関係に照らして首肯できる。
右事実関係のもとにおいては、本件株主総会の決議は全く存在しなかつたというのであるから、その瑕疵は、所論の如く、単に商法二四七条所定の決議取消の事由となるものではなく、同法二五二条による決議無効の事由に匹敵するものと評価されるべきものであり、この点についての原判断は正当である。
そして、本訴は、被上告人の第一審における請求趣旨の措辞は妥当でないが、株主総会決議の不存在という単なる過去の事実関係の存否の確認を求めるものではなく、商業登記簿に登記されて外見上会社その他の関係人に拘束力を持つかのように見える株主総会決議が、その効力を有しないことの確定を求めるものであることは、記録ならびに弁論の全趣旨に徴して明らかである。株主総会の決議がその成立要件を欠いた場合でも、その決議の内容が商業登記簿に登記されているときは、その効力のないことの確定を求める訴が適法であることは、当裁判所の判例(昭和三五年(オ)第二九六号同三八年八月八日第一小法廷判決、民集一七巻六号八二三頁参照)とするところであり、本件株主総会の決議の内容は商業登記簿に登記されているというのであるから、被上告人の請求は認容さるべきものである。従つて、原判決は結論において正当であるから、原判決には所論違法はなく、所論は、ひつきよう、原審の認定に副わない事実に基づいて原判決を非難するか、または独自の見解を主張するに帰し、採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官松田二郎の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
裁判官松田二郎の反対意見は、次のとおりである。
いわゆる株主総会決議不存在確認の訴の性質をいかに解するかについては、ことに近時大いに論ぜられるところである。したがつて、本件が「株主総会決議不存在確認の訴」である以上、その訴の性質に対する考察を度外視して、本件を取扱い得ないのである。そこで、私は、まず、若干この点を論ずることとする。
(一) 一体、いわゆる株主総会決議不存在確認の訴なるものが大いに論ぜられるのは、わが国には小規模、小資本の株式会社―法人格否認の法理の適用あるべきとも考えられるもの―が乱立し、株主総会の開催がなかつたのに拘らず、決議があつた旨の議事録を作成し、これに基づいて役員の変更等を登記することが多く行われるによる。これは、わが国の特殊事情ともいうべきものであろう。
思うに、およそ団体法上の関係において、ある行為に瑕疵がある場合、その法律的効果を画一的に決定することが望まれる。何となれば、その行為が或る者との関係においてのみ有効視され、他の者との関係において無効視されることは、団体法上の対内関係及び対外関係を混乱させるからであり、ことに、商業登記簿に登記されている事項の有効、無効は画一的に決することが高度に要求されるからである。それは、身分関係の存否が明確にかつ画一的に決することが要求されるに似るものといえよう。しかし、従来の見解によるときは、「株主総会決議不存在確認の訴」については、躓きの石を見出すのである。まず第一に、わが国においては、人の知るごとく、判例上、確認の訴は現在の権利または法律関係の存否確認についてのみ認め得るとされているから、過去に存在した株主総会の決議の不存在の確認を求めるというがごとき訴は、許されないのではないかということである。第二に、確認判決は原則として訴訟当事者のみを拘束するに過ぎないものであるから、たとえかかる訴を肯定したとしても、その判決の効力は第三者に対して及ばないのではないかということである。
(二) 私は、会社を被告として提起されたいわゆる「株主総会決議不存在確認の訴」について、次のように考えるものである。
(1) もし、原告の請求の趣旨が単に過去に存在した総会の決議の不存在の確認を求めるものに過ぎないならば、その訴は許さるべきでなく、その決議と称するものによつて発生または覊束さるべき権利または法律関係が無効であることの確認を求むべきである。そして、それが確認の訴たる以上、この判決の効果が画一的に第三者に及ぶことは、一見、望ましいようであるが、しかし、その判決の効力が訴訟当事者以外の第三者にも当然及ぶものとするときは、これによつて第三者はあるいは当惑し、あるいは衝撃を受けることすらあるであろう。このことは、提起された訴がいわば馴合訴訟であつて原告勝訴の判決が確定した場合を考えることによつて、容易に理解しうるのである(株主の代位訴訟のとき馴合訴訟を防ぐための規定、商法二六八条ノ三参照)。したがつて、取締役に選任した旨の株主総会決議が不存在なのに拘らず、それに選任されたと称する者がある場合においては、これを争う者は、会社を被告としてその者が取締役でないことの確認の訴を提起すべきであり、その判決は、単に当事者間にのみ拘束力があるに過ぎない。もし、不存在の決議なのに拘らず取締役に選任されたという個人に対し、その判決の効力を及ぼすためには、この者をも会社と共に共同被告とすれば足りよう。そして、被告は原告の請求を認める和解もまた可能であると考える。けだし、その和解の効力は第三者に及ばないからである(当裁判所昭和四一年(オ)第八〇五号同四四年七月一〇日言渡の第一小法廷判決は、法人の理事者が当該法人を相手方として理事者たる地位の確認を訴求する場合、その請求を認容する確定判決は対世的効力があるというが(民集二三巻八号一四二六頁)、これは法人の理事者の登記ある場合の事件であり、次に述べる(2)の範疇の問題である。なお、この事件につき、私は特に意見を述べなかつたが、この判決が「理事者たる地位の確認を訴求する場合」という表現を用いたことは正確でないと考えるものである。)。
(2) しかし、決議不存在なのに拘らず、そのいわゆる決議が会社の機関たる地位にある者の変更を内容としていて、しかも、既にその旨の登記があつたときは、右と趣を異にするものと考える。けだし、この場合は、登記簿上に登記され、公示された事項について表見的事実が法律上の意味をもち、一種の法的地位を有するに至るからである。そして、このような場合には、登記簿上存在する外観によつて生じた法的地位を遡及して失わしめ、しかも、対世的効果をもつて失わしめることが要求されるのである。通常「決議不存在確認の訴」といわれるもののうち、かかる請求と解すべき場合が相当数存在する。私の解するところによれば、この場合にいう「確認の訴」といわれるものの本質は、非訟事件的性質を有する一種の形成の訴であればこそ、(イ)原告勝訴の判決が確定すると、その形成力により登記簿上存在する外観的地位は遡及して失わしめられ、かつ、その判決の効力は当事者以外の第三者にも及び、すなわち、対世的効果を生ずるのである。(ロ)そして、この訴はかかる非訟事件的性質を有する以上、そこには、多分に裁判所の職権的調査が行われ、この点で前記確認訴訟におけると異り、馴合訴訟の防止に役立つのである。さらに、(ハ)かかる訴の性質上、この訴訟において自白は許されず、また原告の請求を認めるがごとき和解も許されないのである。
この観点に立つて考えるべきは、当裁判所の次の判例である。判例はいう、「商法二五二条は、『総会ノ決議ノ内容ガ法令又ハ定款ニ違反スルコトヲ理由トシテ決議ノ無効ノ確認ヲ求メル訴』について規定し、商法一〇九条の準用によりその無効確認判決に対世的効果を与えているが、株主総会決議がその成立要件を欠き不存在と評価される場合においても、……決議の内容が商業登記簿に登記されている場合に、その効力のないことの対世的確定を求める訴の必要性は決議の内容の違法の場合と何ら異らず、同条においてとくにこれを除外する趣旨がうかがわれないから、本訴は商法二五二条に照し適法である」(昭和三五年(オ)第二九六号同三八年八月八日第一小法廷判決、集一七巻六号八二五頁)と。そして、そのいうところを考えるに、同判決は株主総会の決議の内容が登記されている場合、その決議の効力がないとの確定判決に対世的効力を認めるものであつて、「確認の訴」の形態の下に私の前叙したところと略々同一の結果を導き出したものといい得よう。しかし、右判例がその根拠として援用する商法二五二条は、文言上、「決議ノ無効ノ確認ヲ請求スル訴」とあるものの、その訴の本質は形成の訴と解すべきものであり、したがつて、前記判決が「同条に照して」決議不存在確認の判決に対世的効力を認めとのことは、すなわち、この形成判決に対世的効力を認めたものと解し得るのである。ただ、問題となるのは、右判例が「商法二五二条に照す」ことを根拠とする点である。何となれば、人的会社において代表社員に選ばれたことのないのに拘らず、登記簿上代表社員として登記されている場合、あるいは、民法の公益法人たる社団法人において理事に選任されたことのないのに拘らず、理事として登記されている場合、これらの者の地位を争う訴訟において、原告勝訴の確定判決があると、これに対世的効力を認めるのを妥当とすべきことは、何人も認めるところであろう。しかし、この場合には「商法二五二条」を援用し難く、したがつて理論的根拠を欠くからである。しかるに、私のごとく登記簿上の表見的地位を変更する訴訟を非訟事件的性質を有する一種の形成の訴として理解するとき、かかる地位の変更を求める訴訟についてすべてこれに統一的に理論的根拠を与え得るのである。そして、その場合、その訴が非訟事件的性質のものたることに基づき、通常の訴訟におけると異り、裁判所の職権調査が行われることとなるのである。
(三) 株主総会決議取消の訴、いわゆる株主総会決議無効確認の訴及びいわゆる株主総会決議不存在確認の訴の三者につき、これを統一的に理解し得るかは、近時論ぜられているところである。しかして、株主総会決議取消の訴が形成の訴であることはいうまでもないが、前叙のごとく、いわゆる株主総会決議不存在確認の訴は形成の訴と解すべきであり、さらに、いわゆる株主総会決議不存在確認の訴のうち、商業登記簿に記載された外観的の法律上の地位を遡及して失わしめるものもまた形成の訴であると解するとき、右の三つの訴はいずれも形成の訴としてこれを統一的に理解し、原告勝訴の確定判決の効力が第三者に及ぶことの合理的理由を知り得るのである。
そして、留意すべきことは、右の三つの訴訟を通じて、そこに裁判所の職権調査が行われることである。当裁判所の判例は、株主総会決議取消の訴について、「取消事由がある場合でも、諸般の事情を斟酌して、その取消を不適当と認めるときは、裁判所は請求を棄却することを要する」(当裁判所昭和四一年(オ)第六六四号同四二年九月二八日第一小法廷判決、民集二一巻七号一九七〇頁)とし、すなわち、この訴訟において裁判所による職権調査の行わるべきことを述べているが、既に述べたごとく、いわゆる決議無効確認の訴が形成の訴である以上、これについても同様に解すべきこととなるのである。そして、いわゆる株主総会決議不存在確認の訴のうち、商業登記簿上の表見的地位を遡及して失わしめるものは、本質上非訟事件的性質を有する一種の形成の訴であるから、この訴訟についてもまた同様に解すべきことになるのである。そして、この三者の何れにも裁判所の職権調査が行われ、その結果として馴合訴訟の危険の防止に役立ち、また、三者を通じて、自白や認諾の規定は適用されないこととなるのである。
(四) 今、叙上の見地に立つて本件について見るに、被上告人(原告)は、請求の趣旨として「被告会社(上告会社)の株主総会の昭和三八年一一月一九日取締役に岸憲広、岸コト、日向寺忠二、監査役に大島三郎を各選任する旨の決議が存在しないことを確認する」との判決を求め、原審(その引用する一審判決を含む)は、右の日に株主総会が開かれたことがなく、各株主が会社に参集したという事実すらなく、株主総会決議録とは司法書士に依頼して虚偽の事実を記載したものであり、本件株主総会の決議は全く存在しないものであるところ、その旨の変更登記がなされたものと認定し、被上告人の請求を認容する判決をしたものであることは、記録に徴して明らかである。そして、多数意見は、昭和三八年八月八日の前記当裁判所の判決に従つて原告の請求を正当とし、本件上告を棄却すべきものとしている。しかし、私は、叙上に述べた卑見に従つて本件を処理すべきであると考えるのである。すなわち、原告は本件を形成の訴として提起すべきものであるところ、その訴旨は必ずしも明確とはいえないから、原審としては、よろしくこれを釈明すべきものであつたのである。けだし、既に述べたごとく、確認の訴と解するか形成の訴と解するかによつて、裁判所の審理上、大いに異るところがあるからである。しかるに、これをなさず漫然本訴を無効確認の訴として本件を処理し、原告の本訴請求を認容した原判決は破棄を免れず、これを原審に差し戻しさらに審理を尽さしむべきである。(長部謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田誠 大隅健一郎)